2017年01月19日
11月の「いと、お菓子!」
間の抜けた投稿ですが、「いと、お菓子!」の記録ですので・・・(-_-;)
ご案内
鮮やかに彩りを魅せた山の木々がだんだんと色あせて、冬の気配が漂う「立冬」。この日から立春の前までが暦の上では冬。語源は「冷(ひ)ゆ」、寒さが威力を「振(ふる)う」、寒さに「震(ふる)う」、生き物が「殖(ふ)ゆ」などと言われます。
地域ごとに冬に向かうスピードは異なりますが、秋と冬を行きつ戻りつしながら、少しずつ確実に装いが変わります。この時期、降ったり止んだりする雨や、そんな雨が降りそうな空模様を「時雨」。「黄身時雨」はこの時の細かくひび割れた地面を表現しているお菓子です。
はりはら塾本コース
山 路(仮称) 浮島と軽羹の流し合わせ
浮島は、名前からもふわふわ感が伝わってきます。餡を主体にした蒸しかすてらなので、口どけもよく、卵の気泡で浮かせた生地は小豆のほのかな香りと卵の風味が楽しめます
軽羹は、1700年頃に薩摩藩(鹿児島県)で誕生したとみられ、藩主用の献立には、羊羹などとともに軽羹の記載があるそうです。薩摩藩で軽羹が成立した要因としては、原料の山芋が藩内のシラス台地で自生し、琉球や奄美群島で生産される砂糖も入手しやすかったことなどが挙げられます。一方で近世の砂糖は高級品であり、軽羹1箱は日本酒1斗と同程度の価格だったそうです。鹿児島県には「ふくれ菓子」と言われる黒砂糖、小麦粉、重曹を用いた一種の蒸しパンが古くからあり、この菓子が参考とされたとも言われています。他に、明石出身の菓子職人八島六兵衛によって安政元年(1854年)に軽羹が考案されたという説がありますが、軽羹の誕生がそれ以前に遡ることが近年明らかになった。八島六兵衛が出身地を店名として創業したのが、現在も続く菓子舗の「明石屋」です。現在では、鹿児島県内の多数の菓子舗で作られています。最近は関東や関西でも生菓子の一種類として使われるようになっています。
初冬の山路の散策をイメージしながら、温かいティータイムはいかがでしょうか。。。。」

はりはら塾小習い
黄身しぐれ
和菓子で人気の定番のひとつ、「黄身しぐれ」。。。「しぐれ」とは「時雨饅頭」の略で、餡に、米粉をいれ、そぼろ状にして、それを蒸したものをいいます。これが、長細い棹物(さおもの)になると、時雨羹(しぐれかん)とも呼ばれます。村雨(むらさめ)種と同じ物を指します。
「黄身しぐれ」は、餡に卵黄を混ぜるため「黄身しぐれ」といわれ、こし餡が黄身餡に包まれているものが一般的ですが、内外が入れ替わっている場合もあるようです。
本来、時雨とは、秋の終わりから冬にかけて、時折通り雨のように降る細かい雨のこと。和菓子でいう「しぐれ」は、生地の表面の割れ目が時雨の通った後のように見えることから、そんな風景から生み出されたものです。表面にヒビが入り、雨のあとの光さしこむ雲、雷を想像させるとも言われます。亀裂から、色の違う餡が見え隠れするのも情緒のある美しいものです。元々は、桃山時代に朝鮮から渡来したといいますが、菓子のヒビを、雨の降る一瞬の風景に見立てるとは、日本人の感性の繊細さならではなのでしょう。
美しい亀裂を作るには、材料の配合や熱のいれ加減などの技術が必要です。職人の技が生きる和菓子のひとつとも言えます。地味にスゴイ!「黄身しぐれ」は、口の中でしっとりほろほろと溶けていく食感が魅力です。さて、出来映えは・・・・?

吉田公園緑花大学
お題「立冬」

「枯れ葉」「木枯らし」
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鮮やかに彩りを魅せた山の木々がだんだんと色あせて、冬の気配が漂う「立冬」。この日から立春の前までが暦の上では冬。語源は「冷(ひ)ゆ」、寒さが威力を「振(ふる)う」、寒さに「震(ふる)う」、生き物が「殖(ふ)ゆ」などと言われます。
地域ごとに冬に向かうスピードは異なりますが、秋と冬を行きつ戻りつしながら、少しずつ確実に装いが変わります。この時期、降ったり止んだりする雨や、そんな雨が降りそうな空模様を「時雨」。「黄身時雨」はこの時の細かくひび割れた地面を表現しているお菓子です。
はりはら塾本コース
山 路(仮称) 浮島と軽羹の流し合わせ
浮島は、名前からもふわふわ感が伝わってきます。餡を主体にした蒸しかすてらなので、口どけもよく、卵の気泡で浮かせた生地は小豆のほのかな香りと卵の風味が楽しめます
軽羹は、1700年頃に薩摩藩(鹿児島県)で誕生したとみられ、藩主用の献立には、羊羹などとともに軽羹の記載があるそうです。薩摩藩で軽羹が成立した要因としては、原料の山芋が藩内のシラス台地で自生し、琉球や奄美群島で生産される砂糖も入手しやすかったことなどが挙げられます。一方で近世の砂糖は高級品であり、軽羹1箱は日本酒1斗と同程度の価格だったそうです。鹿児島県には「ふくれ菓子」と言われる黒砂糖、小麦粉、重曹を用いた一種の蒸しパンが古くからあり、この菓子が参考とされたとも言われています。他に、明石出身の菓子職人八島六兵衛によって安政元年(1854年)に軽羹が考案されたという説がありますが、軽羹の誕生がそれ以前に遡ることが近年明らかになった。八島六兵衛が出身地を店名として創業したのが、現在も続く菓子舗の「明石屋」です。現在では、鹿児島県内の多数の菓子舗で作られています。最近は関東や関西でも生菓子の一種類として使われるようになっています。
初冬の山路の散策をイメージしながら、温かいティータイムはいかがでしょうか。。。。」

はりはら塾小習い
黄身しぐれ
和菓子で人気の定番のひとつ、「黄身しぐれ」。。。「しぐれ」とは「時雨饅頭」の略で、餡に、米粉をいれ、そぼろ状にして、それを蒸したものをいいます。これが、長細い棹物(さおもの)になると、時雨羹(しぐれかん)とも呼ばれます。村雨(むらさめ)種と同じ物を指します。
「黄身しぐれ」は、餡に卵黄を混ぜるため「黄身しぐれ」といわれ、こし餡が黄身餡に包まれているものが一般的ですが、内外が入れ替わっている場合もあるようです。
本来、時雨とは、秋の終わりから冬にかけて、時折通り雨のように降る細かい雨のこと。和菓子でいう「しぐれ」は、生地の表面の割れ目が時雨の通った後のように見えることから、そんな風景から生み出されたものです。表面にヒビが入り、雨のあとの光さしこむ雲、雷を想像させるとも言われます。亀裂から、色の違う餡が見え隠れするのも情緒のある美しいものです。元々は、桃山時代に朝鮮から渡来したといいますが、菓子のヒビを、雨の降る一瞬の風景に見立てるとは、日本人の感性の繊細さならではなのでしょう。
美しい亀裂を作るには、材料の配合や熱のいれ加減などの技術が必要です。職人の技が生きる和菓子のひとつとも言えます。地味にスゴイ!「黄身しぐれ」は、口の中でしっとりほろほろと溶けていく食感が魅力です。さて、出来映えは・・・・?

吉田公園緑花大学
お題「立冬」

「枯れ葉」「木枯らし」
Posted by 扇松DO at 23:05│Comments(0)
│いと、お菓子!